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東京地方裁判所 平成4年(ワ)16391号 判決

原告

国際電信電話株式会社

右代表者代表取締役

田量三

右訴訟代理人弁護士

星川勇二

芦苅伸幸

被告

甲野光重

右訴訟代理人弁護士

吉田和夫

中島泰淮

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第一請求

被告は原告に対し、一七万九一九二円及びこれに対する平成三年一〇月二六日から同年一一月二四日まで年二パーセント、同年一一月二五日から起算して完済まで三〇日までごとに右二パーセントに0.5パーセントを加算した割合による金員を支払え。

第二事案の概要

転居して留守になった母親(被告)宅に、いわゆる勘当状態にあった息子が合鍵を使って入り込み、いわゆる局預けにしてあった電話の利用再開の手続をとって、妻の母国フィリピンに二七回にわたり国際電話をかけた。原告は被告に対し、この国際電話通話料金を請求した。

一争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実

1  被告は、東京都台東区〈番地略〉東光シャルム三〇五号室(以下「東光シャルム三〇五号室」という。)に居住し、日本電信電話株式会社(以下「NTT」という。)と加入電話契約を締結し、東京○○○○局××××番の電話を利用していた(証人甲野節子)。被告は、右契約締結の際、国際電話利用契約を締結しない旨の意思表示をしていない(証人能登雅夫)。

2  被告及び故甲野四郎の次男甲野二郎は、両親に度々金の無心をしたり、暴力を振るったりした。申立人を四郎、相手方を二郎とする東京家庭裁判所昭和五七年(家イ)第三七五五号事件において、二郎を四郎の推定相続人から廃除するとの調停が成立し、併せて二郎は、昭和五七年七月一四日及び同五八年四月一三日に、四郎からそれぞれ二五〇万円(合計五〇〇万円)を受領して、両親である四郎、被告並びに兄、弟、妹及びこれらの家族らに対して、今後何らかの請求をしたり、訪問をし、あるいは直接連絡を取ったりしないことを確約した(〈書証番号略〉)。

3  ところが、二郎は再び被告に金を無心するようになり暴力を振るったりするので、被告もいたたまれず東光シャルム三〇五号室を出ることにした。そこで、被告は、平成三年三月一二日、転居に伴いNTT浜町電話局に対し使用していた電話について契約者回線の利用休止の手続(いわゆる局預け)をした。この手続を被告に代わって行ったのは被告の四男邦之の妻甲野節子である(〈書証番号略〉、証人甲野節子)。

4  二郎は、東光シャルム三〇五号室が留守になったのをよいことに、かねてから所持していた合鍵を使用して入り込み、これを不法占拠した(〈書証番号略〉、証人甲野節子、甲野淳郎)。

ついで、二郎は、平成三年六月七日、NTT浜町電話局に対し、被告に無断で契約者回線の再利用手続をとったので、NTT係員は被告からの申込みと誤認して利用再開に応じた。その際、電話番号は新規に東京××××局××××番と定められた(〈書証番号略〉)。

5  二郎及びその妻リンダは、平成三年六月七日から同年八月二七日までの間に合計二七回にわたり、右の電話を利用して、妻の母国であるフィリピンに宛てて国際電話をかけ、その通話料金は合計一七万九一九二円に達した(以下「本件通話料金」という。〈書証番号略〉)。

二争点

NTTに対して契約者回線の利用休止の手続をしていた被告に本件通話料金の支払義務が発生するか。

第三争点に対する判断

一電気通信事業法三一条に基づき定められた郵政大臣の認可を受けたNTT電話サービス契約約款(以下「NTT約款」という。〈書証番号略〉)一四〇条及びKDD(原告)国際電話サービス等営業規約(以下「KDD規約」という。〈書証番号略〉)三七条一項によれば、加入電話契約を締結した者は、反対の意思表示をしない限りは、加入電話契約締結と共に、国際電話第一種電気通信事業者(原告外二社)と契約約款に基づく国際電話利用契約を締結したものとされており、被告は、第二の一の1のとおり、NTTと加入電話契約を締結し、反対の意思表示をしなかったので、原告と国際電話利用契約を締結したこととなった。

NTT約款一一八条及びKDD規約一〇二条二項により、加入電話契約者は、契約者回線から行った通話について、契約者以外の者が行った通話の分も含めて通話料金を支払わなければならないものとされている。

二NTTに対する利用休止手続の効力

被告は、第二の一の3のとおりNTTに対しNTT約款二三条による利用休止の手続をとったことにより、利用休止期間中は、NTTから役務の提供を受けることができなくなり、またNTTに対して基本料金を支払う必要もなくなった(NTT約款一一五条二項3号)。

右のように加入電話契約者がNTTに対し利用休止の手続をとった場合、原告との国際電話利用契約に何らかの影響を及ぼすことがあるか否か検討する。

1  この点につき、被告は、「NTTとの本件の利用休止手続の効力は、原告との国際電話利用契約に対しても及び、原告は被告に対して本件通話料金の支払義務を負わない。すなわち、NTTとの本件の利用休止手続は、加入電話契約の合意解約ともいうべきであり、本件の利用再開の手続は、それによって電話番号が新規になったことが示す如く、新たな加入電話契約の締結とみるべきである。」と主張する。

これに対し、原告は、「利用休止の手続については、NTT約款二三条の規定と同種のKDD規約四二条の定めがあり、被告は、原告に対して右四二条の利用休止の手続(書面によらなければならないとされている。)をとっていないのであるから、国際電話利用契約は利用休止になる筈はなく、加入電話契約者である被告は、契約回線からされた通話についての国際電話料金の支払義務がある。これは、本件の利用再開の手続が原告に無断でされたか否かによって左右されるものではない。」と主張する。

2  右の被告の主張の内、NTTとの利用休止手続によって加入電話契約が合意解約されたとの部分は、失当である。利用休止手続は、加入電話契約を維持しつつ、契約回線を一時使用しないこととするに過ぎないからである。このことは、NTT約款二三条三項が、利用休止期間が五年を経過した後、再度利用休止又は再利用の請求を行わない場合、更に五年を経過したとき、加入電話契約は解除されたものとする、と定めていることから明らかである。再利用する際に電話番号の変更があったとしてもそれによって新たな加入電話契約が締結されたことになるわけではない。電話番号は電話加入権行使のための利用番号にすぎないものである。

3  ところで、NTTと原告はいうまでもなく、別個独立の法人であるが、NTTとの加入電話契約と原告との国際電話利用契約との間には一定の関係が存する。

第一に、前記のとおり、NTT約款一四〇条、KDD規約三七条によれば、NTTとの加入電話契約が成立すれば、格別の手続をとることもなく、原告との国際電話利用契約が成立する(NTTと加入電話契約を締結しながら、原告に対して国際電話利用契約を締結しない旨の反対の意思表示をする例は稀である。証人能登雅夫)。このように定められた趣旨は、電話事業の沿革及び利用者の便宜をはかるという公益目的にあるが、同時に原告は、契約締結を個別に行わなくても利用者を確保することができ、営業上の利益を受けることになる。なお、NTTとの加入電話契約について何らかの瑕疵があって有効に成立しない場合には、利用者との国際電話利用契約も有効に成立しないものと解される。

第二に、NTTとの加入電話契約が解除された場合、原告との国際電話契約がどのように取り扱われているかについてみると、NTT約款には直接の規定はなく(解除については、二九条、三〇条、二三条三項)、KDD規約四一条三項によると、右の加入電話契約が解除されると、格別の手続を取ることなく、右の国際電話利用契約も解除されて終了することになる。

第三に、本件のように、NTTとの加入電話契約について利用休止の手続が取られた場合、原告との国際電話利用契約はどうなるのかについては、NTT約款及びKDD規約のどちらにも規定はなく、それぞれ独立してNTT約款二三条、KDD規約四二条があるのみである。

しかしながら、右の利用休止はNTTとの加入電話契約の効力を一時的に停止することであり、その結果、休止の間はNTTから役務の提供を受けられなくなり、電話機ははずされて契約者回線は利用不能となる。したがって、原告に対して格別の手続を取るまでもなく必然的に国際電話をかけることができなくなるから、このような場合に加入契約者に無断で利用再開の手続が取られることを慮って、重ねて原告に対して利用休止の手続を取ることは、通常考え難いことである。能登雅人証人も、右のように重ねて原告に対して利用休止の手続をとる例が実際にあるのか分からないと証言している。

4 以上の事情を総合考慮すると、NTTに対する加入電話契約の利用休止手続により、格別の手続を取ることなく、原告との国際電話利用契約の利用も休止されたと解するのが相当である。いわばその運命を共にしているとみられるからである。

右の解釈は、国際電話利用契約の利用休止の手続に関するKDD規約四二条の関係で問題になるが、同条の手続は、NTTに対する利用休止の手続と同種の手続ではなく、NTTとの加入電話契約を締結しながら、原告に対して国際電話利用契約を締結しない旨の反対の意思表示をするのと同様に、NTTとの電話利用は継続しつつ、国際電話の利用だけを休止する手続と解することになろう。そうすると、KDD規約四二条により、国際電話利用契約の利用休止手続がとられていないことを根拠とする原告の主張は理由がないことになる。

更に、原告は、NTTなどの国内電話が利用休止になっていることを知ることは不可能であり、自ら関与できない手続のために自社の命運を左右されかねない事態となり、事業は成り立たないと主張する。しかし、同様の事態は、NTTなどとの加入電話契約の締結に瑕疵があって無効である場合や、右契約の解除が有効であるにもかかわらず、NTTなどの手違いで必要な措置が取られない場合にも生じる可能性があり、利用休止手続に特有なものではない。この問題は、3で述べたように、NTTと原告が別個独立の法人とされながら、NTTとの加入電話契約と原告との国際電話利用契約との間に一定の関係を設定したことによって生じたものである。

三二郎のした本件の契約者回線の再利用手続は、被告の意思に基づくものではなく、無効であるから、NTTに対する利用休止手続はその効力を維持しており、原告に対する関係でも同様に利用休止の効力が及んでいる。したがって、被告は、その利用休止期間中は、国内電話のみならず国際電話についても、加入電話による通話料金支払義務を負担しない。

四よって、原告の請求は理由がない。

(裁判官佐藤康)

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